街で人と会うこと
F駅でぼーっとベンチに座り電車待ちしてると、緑のトレーナーを着た若造が妙に自分のほうを見てるなー、なんて視線を感じてた。その人物が携帯を出していじり出したので改めて顔を見てみたら高校の同級生だった。
まあ、向こうが先に自分に気づいたのに声かけなかったんだから、とこっちも別に声をかけなかった。3年間同じ部活に所属した仲である。でもそんなもんである。
高校まで福岡で暮らし、数多くの同級生がいたはずであるが彼らは一体どこへいっちまったのか?今でも会うのは中学の同級生だったAだけである。実に寂しい。
今、密に接しているお客さんや仕事上の付き合いのある業者や担当者。そのすべてが一過性のもので時間の経過とともに他人になってゆくのだ。街ですれちがっても声などかけなくなるのだ。フッ。
すれちがい、すれちがいなのか人は!
愛さず。・・・だから愛されず。
この人とは今後もつきあっていきたいな、と思う人はめったにいないが、もしいたら自分からアクションを起こさないでどうする!
友達がほしい・・・、仲間が欲しい・・・。
動いてみることだよな。
人を愛すること。私にはそれが欠けているのだ。
欠点はよく分かっているのだ。
| 固定リンク
« ミリオンダラーベイビー | トップページ | »


コメント
愛するにも能力が要るって本当ですかね?基本的には私にも欠けてるんじゃないかって、思う瞬間が多々あります。 余りにも薄情なんじゃないか俺、って自分でも思うケースが。 というよりも愛する者とそうでない者、扱いが両極端なんすね。
話はがらりと変わりますが「友川かずき」を聴いた事はありますか?
投稿: トーリ・スガリーノ | 2009年6月15日 (月) 19時45分
自分の独りよがりなこのブログにコメントしていただき、とても嬉しいです!
たぶんとてもよく出来た人でも最初から全ての人を公平に愛することはできないんじゃないか、と思います。現実的には人の痛みはなかなか分からないし、人が喜びの絶頂にある時に心から祝福してやれるかというと、そうでもない。
三浦綾子さんのエッセイに「どんなに忙しくても人のために動く時間を毎日30分は作っている」と書かれてあったのを思い出しました。努めて人を愛そう、とすることで何か変わってくるかもしれません。
…と偉そうなことを書いてしまいましたが、私自身にも言えることです。自分って冷酷な人間だなって、よく思います。。
友川かずき!もちろん聞いたことありますよ。一枚CD持っています。「生きているって言ってみろ」が入っているやつです。
投稿: iga | 2009年6月15日 (月) 20時29分