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2009年3月の22件の記事

明日から4月

 今日で年度終わり。

 仕事の話だが、今年度の契約獲得件数を調べた。純新規55件(前年度54件)、完全新規20件(前年度9件)だった。完全新規はだいぶ増えた。来年度(明日から)は完全新規30~40件は狙っている。このくらいの数字を確実にものにしていかねばならない。

 今年度はまずまずだった。まあ、わりとよくやったほうだ。ホッと一息ってところだ。

 誰からも指図されない代わりに自分自身で目標を常に設定しておかないとダレてしまう。毎月毎月その繰り返しだ。そしてまた次の一年のスタートだ。

 次の一年、大きく経営も変わりそうだ。そういえば、社会人になって10年か。たかだか10年。10年前、私も初々しかった。あと時入ったあの会社ももう過去の出来事よ。

 今後10年、どう動くかだ。

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 ひとりカラオケをやってみたい。

 無性に歌いたくなるときがある。でも誰か人がいると照れがある。一人で思う存分歌いたいのだ。人眼を気にしないで。

 そういうわけでカラオケに行こうかと思ったが、あったかくて天気もいいんでギター持って外で歌うことにする。

 筑後川沿いに行ってみた。百年公園近くの土手でギターをつまびきながら歌った。

 土手の緑と菜の花の黄色。そして青空。気持ちいい~。

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給付金

 定額給付金の請求書が届いた。

 これ今知ったんだけど、窓口に行かなくていいのね。請求書と通帳の写しと免許証の写しを送付すればいいらしい。一万二千円。しっかりもらっておこう。

 今日からETCの割引がスタートした。休日が1,000円ならかなり行動範囲が広がる。今年もアカショウビンを見に御池あたりまで行く予定だったし、出費が減るのはありがたい。今まで九州ばかり北から南へ動き回っていたが、中国地方もかなり行ける範囲になる。広島あたりも1,000円で行けるなら手軽だ。

 まあ、麻生さんもそれなりに手を打ってるな~。細かい部分はちょっとどうかなと思うけど。

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 きっと春は人のこころを惑わすのです。

 僕は桜を見て、ひとりよがりな妄想を作り上げていくのです。しかし、それは無残にも壊れるものです。

 ちょうど満開になった桜よ。

 我のこころを惑わすなよ。惑わすなよ・・・惑わすなよ・・・。

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天草へ

 昨日天草へ行ってきた。

 念願のタカラガイ。あった!ついに見つけた!

 天草にタカラガイがある、と教えてくれた青さん、牛深で取れたという体験談をコメントしてくれたkeroさん、ありがとうございます!

 天草は遠かった。特に牛深。しかし行ってよかった。まずは牛深の砂月という海水浴場へ。ここで浜の端の石がたくさんあるところでひとつゲット!

 さらに下端の漁村の岩場で探すが見つからず。それから茂串という海水浴場へ。海水浴場と言っても結構岩だらけ。ここでは大量に発見。↓これを見つけた時はうれしかった!

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 岩場に海水がたまっているところを入念に探す。結局13個ほど見つけた。生きてるものは発見できなかったが、割れてもいないし自分としてはかなり満足だ。

 家に帰り洗い乾燥させる。一番状態がいいのがこれかな。

Dscn1826

 他のはテカリ具合がそれほどない。どうやら状態がいいものほどニスを塗ったようにテカってるらしい。

 誰もいない海岸でタカラガイ拾いに熱中すること2時間半。手にしたときの喜びは格別だ。

 タカラガイ拾いのほかは温泉(期待したほどではなかった)と天草ちゃんぽんを食べる。

 「大空食堂」。普通に漁村にあるお店なんだけど、お客さんワンサカ。ちゃんぽんのボリュームが半端じゃない。

Dscn1817

 どこに行っても海に面した天草。いい思い出になった。

 すっかり貝に夢中になってしまったんで、次に行く場所を探そう。情報収集だ。

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サルトルと紙粘土

 今日は天気があまりよくなかったんでほとんど家ですごす。

 午前中は白水大池公園へ行く。桜はもう数日で満開というところ。今でもかなり綺麗だ。池のまわりを一周ウォーキングする。

 DVDを借りてきて「虹の女神」という邦画を見た。さらっとした恋愛青春ムービー。この映画最近CMなんかでよく出てる上野樹里ちゃんが出てた。けっこう、いやかなりいい演技をしてた。ちょっとほろっときた。久しぶりにそれなりに満足する映画を見た気分だ。いい映画をみると一日が充実するな~。ふ~。

 哲学の本を読む。サルトルの「嘔吐」。それなりにストーリーのある小説なのだが、基本はサルトルの哲学の主義主張がちりばめられているようだ。かといって難解な言葉が出てくるわけじゃないけど最初はかなり読みにくい。苦労しながら読む読書もたまにはよい?

 読書で頭が疲れてきたから小学生のとき以来の紙粘土をやってみた。何を作ったのかはちょっと言えないけど、これかなり時間を忘れるなあ。我も忘れる。エロスと芸術を表現しようとひとりもがく。まったく才能がない。ディテールをこだわるためにネットでリアルフィギュアを参考にする。無様ながら完成すると不思議と愛着が湧く。これ何日くらいで乾燥するのかな。

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ムラサキケマン

 ウソが見たくて油山へ行った。

 もーもーらんど近くの峠道で車を停め、川沿いの山道を歩く。

 もしかしたらムラサキケマンかな、っていう花が咲いてて今ネットで調べたらやはりムラサキケマンだった。たくさん咲いていた。

Corydalis_incisa_2820080529

 写真はウィキペディアより。 小さい花なんだけど近くで見ると綺麗だ。何でこんな花(野草)を知ってるかというと、最近テレビで高尾山の花を撮る写真家の番組がテレビであっててこの花が気になってたからだ。

 途中ですれちがった女性から「ショウジョウバカマどこにあるか知りませんか?」と尋ねられた。その花は知らなかった。これも今ネットで調べたらちょっと変わった形をした花だった。すこしヒゴタイに似ているようだ。

 こういう小さな野草が咲かす花は結構綺麗だ。じっと近づいて見てみないと分からないのもあり今まではずっと見ていなかった。しかし、その良さに気付くと見る花、見る花すべて綺麗に見えてくる。

 野山に入る理由は人それぞれだ。ずっと地面でなにかを採っている老人もいた。こんど何をしているのか聞いてみると発見があるかもしれない。

 散策路に出て、ちょうど吊り橋の上から一心に何かのつぼみを食べているウソを発見!もう鳴き声で探すことができる。1羽しかいなかったけど、結構近くで見れたんでラッキーだ。

 帰りに図書館へ行く。今、「哲学」を新たな分野として開拓している。前借りたのが「生きにくい…… 私は哲学病」という本。物を見る視点が少し変わったような気がした本だ。何故、今哲学か?それは小説で哲学めいた本を読むよりも本物の哲学書を読んだほうがいいような気がしたからだ。村上春樹にしても白石一文にしても自分が好きになる作家は、その小説の中で独自の死生観を表現しているのだけど、作家は哲学の専門家ではない。一度専門書を読んでおいたほうが気がした。例えば、「時間」という概念について、「過去」「未来」、「生」「死」・・・。そんなものは誰かとお茶をしに行って気安く話せる話題ではない。つまりそんなものは、ほとんど誰とも話すことなく自分なりに勝手に解釈しているのだ。

 そんな訳で今、哲学。

 

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桜咲く

 桜の樹の下には死体が埋まっている!

 ・・・という出だしで始まる梶井基次郎の「桜の木の下には」をついこの間読んだためか、徐々に咲き始めている桜のつぼみを見ては、本当に桜の樹の下には死体が埋まっているんじゃないか、と一瞬思えてくる。

 それにしても一斉に今まさに咲かんとする桜のエネルギーはすごい。ありとあらゆる箇所で一斉に。ちょうど一年前と同じように咲くことが不思議でしょうがない。なんでこうも規則的なんだろう。

 今年は近所に公園もあるし、ちょっと花見もしたい気分だ。

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 昨日はなかなか寝付けず、ついつい冷蔵庫に手が・・・。仕事があるというのに夜11時過ぎからビールを2本飲んだ。このちょっと後ろめたい気分が酔いの快感を増す。

 それにしてもテレビが面白くない。特にWBC。最近ワールドカップとかこの手の国際試合がまったく面白くない。テレビ付けるとうるさすぎるのだ。「○○ジャパン」というネーミングのわざとらしさよ。サムライではないのに国際試合だとすぐにサムライと呼びたがるマスコミども。

 WBCはもうすでに一回優勝してるんだし、面白みがないじゃない。ノーマルに優勝しても面白くもない。ここはひとつ徹底的にボロ負けしてもらいたい。記録に残るくらいの惨敗を演じてもらいたい。そっちのほうがはるかに見応えがあるというものよ。

 そんな私もかつてはワールドカップとか熱心に応援した。あれは、2002年のワールドカップだったか。仕事の合間に日本戦の生中継を見るために秋葉原の電気店に入った。次々に集まってくるサラリーマンたち。みんな生中継が目当てだ。試合中は表を歩いてる人が少なかったくらいだ。試合中、テレビから目をそらし、ふと表を見ると熱心に街頭ゲームに没頭している一人の青年の姿が目に入った。唖然とした。みんなワールドカップの日本戦を必死に見ているのに素知らぬ顔で街頭ゲームをぽつんとひとりでやっているのだ。

 「我、関せず」である。これぞ究極の個人主義。

 彼にとってはワールドカップよりもゲームをやりたいのだ。人は人。自分は自分。究極のマイペース人間だろう。なんかその青年に対して畏敬の念を抱いたのを思い出す。

 流される、というのは楽である。しかし、全員が一つのものを見ているとき違う視点でいるのも大切なのだ。最近は常々、マスコミの報道に流されてはいけないと思ってる。それは政治・スポーツ・街頭アンケートなどなど。うかつに信用してはいけない。

 無駄に長くなってしまったな。なんか書いてるうちについついエキサイトしてしまう。

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レンジャクを見に

 Mさんより「大宰府小学校の下の木にレンジャクがいるよ」と教えてもらった。

 教えてもらってから数日経っていたが、今日行ってみた。レンジャクはまだ見たことがない。小学校下の川沿いの道を歩いていると、木から木へ移っている鳥を発見。双眼鏡で見るとまさしくレンジャク。ヒレンジャクだ。一羽見つかると後は早い。次から次へとヒレンジャクを発見。鳴き声は「ヒューヒュー」。天満宮駐車場の横にもいたし、校門下の橋の横の木にもいた。全部で20羽くらい。

 レンジャクにはヒレンジャクとキレンジャクがいて、今日いたのは尾の先端が赤いヒレンジャク。わりとかっこいい鳥だ。

Buberel_unknown_bird_5

 写真はウィキペディアより。

 今日は昼間4時ごろから3時間ほど寝てしまって妙にだるい。全身筋肉痛だし。レースの後はなんかこうしばらくもぬけの殻のようになるな。ぼーっとする。

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1時間28分

 行ってきました「くるめ菜の花マラソン」。

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 結果は、1時間28分。ベスト更新ならず!順位は一般ハーフ男子753人中42位。1時間25分は切れると思ってたのにくやしい。負けだな、今日のレースは。

 折り返しからゴールまで向かい風が強くて、思ったような走りができなかった。おそらく参加した人みんなそうだったろう。しかし、前半飛ばしすぎたなあ。1時間20分を切るペースで行ってて後半の風で体力を消耗し、途中で足がつり、失速した。

 毎度のことながら思った走りができないと、棄権しようかな、と思ってくる。でもここで走るのやめても歩いてゴールまで帰らねばならない。今日ほど距離が長く感じたのは滅多にない。ほんとマラソンが嫌いになりそうだった。

 この風で1時間20分切ればベスト10には入れる。いつかはそのくらいで走りたいのだが。

 全て終わった。レース後は放心状態だった。何も考えない。感情もない。「無」とはこういうことだろう、とひとり思う。

 もうこの大会も5回か6回出てる。一度も雨が降ったことがなくいつも快晴だ。今日も素晴らしい天気。大会参加者もどんどん増えて今年は去年より一般ハーフ男子で200人くらい増えた。いつものことだがレース後の出てくるうどんがうまい。

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  それから居酒屋に直行し、ビールを煽る。至福の瞬間だ。

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明日

 いよいよ明日ハーフマラソンだ。

 さっき30分のジョグと軽くダッシュをした。調子はかなりいい。今回はちょっと意気込みが違うからな。見てろよー。

 気を付けないといけないのがレース中の腹痛。これはいままで結構悩まされた。距離が長いだけにこれだけは避けたい。とにかくリラックスして臨むことだな。

 終わったら浴びるほどビールが飲みたい。ほんとボクサー並とまではいかなくてもかなり節制してきたからな。

 というわけで早めに寝て明日に備えます。

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風詩

 先日youtubeで、岡林氏の映像のコメントに「ぜひ風詩もアップしてください」と書いたところ、すぐにアップしてくれた偉大なる御仁がいた。感謝感激雨アラレ。

 「風詩」。再び聞いてみたけどやっぱりいいな。

 この和のリズムというのは、意識的になにか駆り立てるものがある。静かな中に熱いものを。繰り返しのリズムがトランス状態を誘発する。

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マンネリをなくす

 2日続けて仕事の勉強会だった。

 疲れる~。机の上にじっとしてるって疲れる~。せかせか動き回ってたほうがよっぽどましだ~。あ~。

 ・・・平凡だ。

 実に平平凡凡な日々だ。たまに仕事やその取り組み姿勢がマンネリになっていないか、って思う。6年も同じ仕事やってると同じ事の繰り返しに多少嫌気が指すこともある。しかし、何かこう、そこを変えたいのだ。そう思う自分自身と何かそれを壊そうとする自分と。

 一年に一度会うお客さんと毎回決まり切った話ではなくて、何か今以上の関係性を見い出せるような会話ができないかとか、お客さんから何か引き出せないか、とか思う。それは営業に熱心であるっていうのとはちょっと違うものだ。同じ事の繰り返しに変化がほしいのだ。

 例えば「重要事項説明書」の説明に命を賭ける、くらいのことをやってもいい。何か動いてみることだな、うん。

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時間について

 よく「小学生のときの一年は長く感じたけど、大人になると一年なんてあっという間だ」なんて言ったりする。

 自分もたしかにそう感じるときはある。しかし実際は時間の流れは小学生であっても大人であっても同じものだ。ではなぜ小学生・子供のときの時間は長く感じたのか?おそらくそれは見る度に発見があったり日々の生活が退屈のしないものであったり、常に驚きと興奮の連続だからだろう。子供は一年を振り返ってみて「あっという間だった」とは思わないだろう。

 そこで、だ。大人になっても子供のときと同じように一年がとても長く感じられるような生き方はできないだろうか。それができるものならやってみたい。死ぬ間際になって「俺の人生はあっという間だった」とは思いたくないのだ。

 そのためには、

 あらゆるものに興味を持つ

 「明日こうなるだろう」とか予測しない

 必死でとりかかる

 他になにかあるかな。大人でも常に危険と隣り合わせのことをやってる人たちの時間は感覚的に長いに違いない。それに比べ、大して変化のない仕事・人生を生きている人の時間は感覚的に短いだろう。人生が安泰で平凡であるほどきっとそうだろう。

 脱獄犯がいるとする。警察の捜査の目をかいくぐって逃走しているような場合。彼には安泰はない。一日一日がそれこそ必死で逃げなければならない。あらゆる死力を尽くして。きっと彼にとっては時間の経過は恐ろしくゆっくりに違いない。

 とこんな感じで時間というものの不思議について考えた。まだ考えの途中。考えてるといっても別に真剣に考えているわけでもない。電車に乗りながらそんなことをふと思ったのだ。

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もうすぐ

 いよいよ日曜にせまったハーフマラソン。練習はかなり積んでいる。かなり調子もいい。

 今日は最後の追い込み練習。キロ4分30くらいで10km。ダッシュ5本。公園走っていても誰も私を抜く人はいない。いい感じだ。

 目標タイムは1時間20分~25分。昨年は1時間26分だった。陸上も体力だけじゃなくて経験もものを言うのが最近分かってきた。序盤のペース配分や中盤での力みのない走りで記録は伸びるのだ。

 さて日曜日を楽しみに。

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黒曜石

 さて、今日は何をするか考える。

 昨日はダラダラ過ごしたので今日はアクティブにいきたい。「石」にするか「タカラガイ」にするか「女体づくり」にするか。いかん、最近バードウォッチングがおろそかだ。5月になれば夏鳥もやってくるだろうし、楽しくなりそうなのだが。

 今日は石を取りにいくことにした。佐賀県伊万里にある腰岳。そこには黒曜石(からす石)があるという。本に載っていたのだが、修道院付近は黒曜石がゴロゴロあるという。

 トラピスチヌ修道院に向かう舗装路を車で登っていく。修道院の手前で工事跡らしきむき出しの土の斜面を見つけた。

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 足元見てみると、あるわあるわ黒い石が。石の断面が割れて間もないものは結構断面が光っていて目立つ。ここと修道院の近くで5個ほど採取した。

  このまま帰るのももったいないので、近くの武雄温泉に行った。ここは初めてだ。でも「元湯」が工事中でしまっててがっかり。すぐ横のナントカいう温泉に入った。ん~、いたって普通のお湯だったね。湯上り後も特にこれといった良さもない温泉だった。

 家に帰り、黒曜石を磨く。

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 ルーペで見るとその断面は鋭利だ。昔はナイフなどに使われていたらしい。

 持って帰った石を洗い、汚れを取り、きれいになった石を眺める時が結構嬉しい瞬間だな。石もだいぶ増えてきた。コレクションスペースを作らなければ。

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孤独なあなたへ

 たまにN氏のことを書くと、結構辛口の評論をしていることに気づいた。

 ファンというのは勝手なもので自分が描いている理想像を常に求めている。自分が好きになったきっかけの曲やそのころのスタイルが一番好きであって、今現在にそのころの良さを求めるのが間違っているのかもしれない。

 今回はアルバムの中にひっそりと入っている名曲を紹介しよう。この歌はいい。いろいろ励まされる。

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卒業

 N氏の新曲が発売になった。

 ジャケットはこれ↓。

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 このデザインセンスをどう思う?どうみても犯罪者。いやいやそれにしてもどこにターゲットを絞っているのか。どのような意図があるのか分からない。

 タワーレコードでこのCD買うとき、ちょっと恥ずかしかったじゃないか。

  A面の「卒業」はNHKの「ようこそ先輩」で母校の生徒と一緒に作った歌なのだが、あまり良くない。

 youtubeでファンが作った合唱バージョンを見つけた。こちらのほうがかなりいい。本人が歌うよりも。

 

 B面は「泣き虫」という歌。これはまずまずかなあ。

 2曲ともちょっとレコード会社移籍第一弾としては物足りない印象がある。表現者としての「飢え」が感じられないというか、 こんなものかい、と思えてくる。もっとこうストイックに「激情」を歌ってほしいのだが。

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ペース配分

 不思議なことに「今日は夕方から走るぞ」と決めると仕事が楽だ。

 走らない日は結構仕事だけでクタクタになる。

 「今日は走るぞ」と決めると、適度な緊張感を持ってまた余力を残しながら仕事をするからかもしれん。

 もしかしたら「疲れ」というのは暗示的なものかもしれない。

 こないだ2時間走やったのだが、1時間が終わった段階ではかなり楽だった。しかし昨日1時間走ったが、結構疲れた。どちらもペースは同じだ。

 たぶん気持の持ちようで「まだまだある」と思うとそれに応じた力を保管しておくのだろうし、「これで終わりだ」と思うと無意識のうちに力を使ってしまうようだ。

 これは運動に限ったことだろうか。

 例えば80年生きるつもりでいる人と、120年生きるつもりでいる人とでは、ある一定時点の年齢での体力・気力が結構違ってくるのではないだろうか。

 もう少し分かりやすく言おう。人生のピークをどこに持ってくるか、という場合。

 40歳あたりを仕事・体力・気力のピークだと盲目的に信じ込んでいる場合と意識的に60歳をそれらのピークに持ってこようとする場合とでは同じ年齢時点でのそれらの余力が大きく違ってくるのじゃないだろうか。つまりは若々しくいられるか充実した人生を過ごせるかに関わってくる。

 なんでこんなことを考えたかというと、マラソンの自己記録は30代半ばあたりをピークにして徐々に下降していく場合が多い。自分もそうなるんじゃないかと思っていた。しかし、しかし、だ。あえてそれを60歳で自己記録を作れるようにするにはどうしたらいいだろうか、と考えた。そうするとそれなりに工夫した日々の練習が必要になる。肉体的にも精神的にも。

 そう考えると、結構面白いなって思うのだ。

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サイバーな世界

 仕事場のパソコンが先週、突然起動しなくなった。

 デルに問い合わせると、基盤の一部が外れているらしく交換部品も生産中止でないらしい。買い換えるしかない、ということだったので仕方なく買い換えることになった。

 でも中に入っているデータを取り出したいのだ。今までのファイルやらがその中に詰まっている。ある日突然パソコンが起動しなくなる怖さを知った。

 そこで友人に中のハードディスクを取り出してもらい、新しいパソコンにつなげデータを吸い上げることに成功!不可能かと思ったら意外とできるもんだ。友人の助けがあってこそだが。

 先週末から四苦八苦だった。トラブった時のパソコン対応って時間がかかる~。事務作業は山のように残っているのに。

 しかし、残業せずにこれから走りにいくのだ。こないだの2時間走でまだ筋肉痛なのだが。しかし耐えるのみ。

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スーパー無名山を登る

 最近は普通の山歩きに飽きていた。どこの山へ行ってもきちんと整備され団体連れが楽しそうに登り、山頂へ行くと人がいっぱい・・・。そんな山歩きに飽きていた。

 みんなガイドブックに載っている山へ行くし、遠足で行くような山へ行きたがる。しかしそこには山といえども人間の手による「人工さ」がありありと感じられてつまらない。積み上げられた石段、整備された山道。

 そこで「福岡県の無名山」とかいうB級の本を借りてて、これはぜひとも行ってみたいという山があった。それは北九州にある「竜ヶ鼻」。とにかく険しいらしい。道がほとんどけもの道らしい。急傾斜の崖があってかなり危険らしい。

 そこへ行ってみた。

 小倉南インターより田川方面へ向かう。登山口は何か所かあるようだが、本に載っていた登山口へ向かう。

 車道から見える竜ヶ鼻。山頂付近の急斜がすごそうだ。

Dscn1796

 林道の手前の広場で車を停め林道を歩く。

Dscn1763

 道はやがて行き止まりになり、案内板が。しかし、この案内板なにかが変だ。

Dscn1765

 小さい字で「信用するな」って書いてある。これは一体・・・。 

 本に載ってあったとうり右に進む。別に行き止まりではなかったので安心した。

 梅が綺麗だ。

Dscn1766

 道はこんな感じ。国土交通省の杭が打ってあって安心感がある。先人がつけてくれたテープも結構ある。一応遭難対策のためテープを持ってきたがこれなら安心だ。

Dscn1768

 しかし、だんだん道がはっきりしなくなりテープだけが頼りになる。たまにテープがない区間があると不安になる。ほとんどけもの道だ。

Dscn1775

 とにかく倒木が多い。しかも歩きにくい。すべる。確かにここは普通の山じゃない。

 キノコもたくさんあるし、見たことのない背の低い植物があったり、ヤマドリがガサガサ地面をやってるのが聞こえたり、野趣満点の山だ。

 登山口から約一時間で最後の岩場の急斜面に出る。角度にして45度から60度くらいはあるであろう斜面だ。一瞬ひるんだが、ここで引き返すようじゃ男がすたる。気合いをいれてよじ登る。両手をフルに使ってよじ登る。幸いなことに木が多いので掴むところはたくさんある。

 ↓行き止まりではありません。これを登るのです。

Dscn1795

 途中、一人の屈強な男性とすれ違ったが迷彩柄のシャツを着ててその辺の山の登山客とは違う匂いがした。 山が違うと登る人も違うらしい。

 こんな岩場を登ること30分。登ったらすぐ山頂だ。

 景色はバツグン!落ちそうなくらいの怖さがある。

Dscn1791

 苦労した分、達成感がある。これこそ自分が求めていた山歩きだ。

 ここで一人の登山客と会い話をした。この山の登山中2人の登山客がいたことになる。二人とも男性のひとり登山。心細い山中を歩いてきたからか、お互い親密に話したがる。こういうのがいいんだな。ファミリー登山の山にはない楽しさだ。団体さんもいないし。

 今後もメジャーな山の本には載っていないような無名山を登ろうと思う。

 冒険心がうずくぜ。

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